キャンパスハラスメントのない大学づくり|窓口担当者が備えるべき知識

大学をはじめとする高等教育機関において、ハラスメント対策は教育・研究環境の質を左右する極めて重要な経営課題となっています。人権意識が世界的に高まる中、ハラスメント問題を軽視する組織は社会からの信頼を失い、入学志願者の減少や優秀な研究者の流出といった深刻な事態を招きかねません。特に、被害を受けた学生や教職員が最初に頼る相談窓口の対応は、事態の収束あるいは悪化を決定づける分岐点となります。

しかし、窓口担当者の業務は非常に複雑であり、対応方針を誤れば「不適切な対応」として大学そのものが二次加害の主体として訴えられるリスクも孕んでいます。窓口担当者には、個々のケースに応じた柔軟な対応力と、組織として一貫した支援を行うための高い専門性が求められています。本記事では、相談窓口が備えるべき実務スキルと、組織的な支援体制の構築におけるポイントを解説します。

目次

大学におけるハラスメント相談窓口の役割と基本姿勢

大学は、教員と学生の間に大きな立場の差や年齢差があり、成績評価などの権限が集中しているため、ハラスメントが起こりやすい特有の環境にあります。相談窓口は、こうした環境下で生じる人権侵害から個人の尊厳を守り、安心して学び、働ける環境を回復するための最前線としての役割を担います。

チームによる組織的な対応と中立性の確保

ハラスメント事案への対応における大原則は、担当者個人で抱え込まずに「組織」として動くことです。相談窓口に来る人は相談者、行為者、関係者など多様であり、状況が進むにつれて最初に抱いた印象とは異なる事実が見えてくることも少なくありません。そのため、基本的には複数人で話を聞き、ハラスメント対応部局内で情報を共有して進め方を検討する体制を整える必要があります。対等に意見を言える関係性の中で多角的な視点を取り入れることにより、組織としてより適切な判断を下すことが可能になります。

相談のハードルを下げる環境づくり

相談者が勇気を持って一歩を踏み出せるよう、物理的・心理的な環境整備も欠かせません。相談室は話の内容が外部に漏れない個室を確保し、オンライン相談であっても周囲に他人がいない環境を徹底することが求められます。また、相談窓口の存在をウェブサイトなどで明記し、匿名での相談も受け付けることで、深刻な事態に陥る前の早期相談を促すことができます。窓口担当者は自身の所属や名前を名乗り、相談者にとって安心できる場所であることを示す必要があります。

二次加害を回避し信頼を構築する相談対応の実務スキル

相談窓口を訪れる人は、自身の権利を侵害され、混乱や不安の中にいます。担当者の不適切な言動が相談者をさらに傷つける「二次加害」とならないよう、細心の注意を払った聞き取り技術が求められます。

心理的負担に配慮した初期対応

最初の面談では、まず守秘義務について明確な説明を行うことが不可欠です。相談者の許可なく行為者やその関係者に情報が伝わることは絶対にないという安心感を与えることで、初めて率直な対話が可能になります 。担当者はあたたかい雰囲気と柔らかい口調を心がけ、しっかりと耳を傾ける姿勢を示す必要があります。こうした丁寧な関わりが、大学に対する不信感を払拭し、解決に向けた協力関係を築く土台となります。

客観的な事実把握のための聞き取り技術

ハラスメントの認定は、第三者が調査結果に基づいて協議し決定するものであるため、窓口では感情的な共感だけでなく、客観的な事実を整理していく必要があります。聞き取りにおいては、以下の5つのポイントを中心に、具体的かつ詳細な情報を確認していきます。

  • 行為者の具体的な言動:どのような言葉をかけられたか、どのような行為をされたか
  • 発生した時期と頻度:いつから、どのくらいの期間にわたって行われたか
  • 当事者間の関係性:指導教員と学生、上司と部下など、どのような力関係にあるか
  • 取り巻く外的環境:研究テーマの性質や、研究室・職場の人間関係はどうなっているか
  • 心身に受けた影響:その言動によって、どのような苦痛や不利益が生じているか

聞き取りの際は必ずメモを取り、メールやSNSのチャット記録、録音といった客観的な証拠があれば併せて確認を行います。

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被害者の自己決定を支える支援プロセスと組織的な連携

ハラスメント相談のゴールは、単に行為者を罰することではなく、相談者が侵害された権利を取り戻し、適切な環境で活動を再開できるようにすることにあります。

相談者の主体性と自己決定の尊重

相談者が大学に対して何を望んでいるのかを確認することは、支援方針を立てる上での核心となります。被害を受けたことで「自己の権利」を侵害されている以上、今後の対応をどう決めるかは被害者自身であるべきです。担当者は大学の制度上できることとできないことを丁寧に説明し、相談者と一緒に方針を立てていく姿勢が求められます 。相談者が何を求めているかは、主に次のような内容に分類されます。

  • 行為者への注意・指導:大学から行為者に対し、不適切な言動をやめるよう伝えてほしい
  • 環境の調整:配置転換や指導教員の変更など、行為者と顔を合わせない措置を取ってほしい
  • 謝罪の要求:行為者本人から、自身の非を認めて謝罪してほしい
  • 処罰の希望:大学の規定に基づいて、行為者に対して懲戒処分などの厳正な対処を望む

学内専門部署との重層的な連携

ハラスメント事案は、単一の専門分野だけでは解決できない複雑な背景を持っていることが少なくありません。特に相談者が強い不安や抑うつ状態にあるなど、メンタルヘルスの悪化が懸念される場合には、速やかに保健管理部門や学生相談部門などのカウンセリング機能へとつなぐ必要があります 。相談者が混乱し、自分自身がどうしたいのか分からなくなっている場合も、まずは心理的な支援を優先し、状態が落ち着いてから解決に向けた手続きを進めることが推奨されます。

実務能力の向上を支えるオンライン研修の有効活用

ハラスメントの概念は社会情勢とともに刻々と変化しており、数年前の常識が現在では通用しないことも多々あります。組織全体の対応能力を維持するためには、常に知識をアップデートし続けることが不可欠です。

現代的な人権感覚へのアップデート

妥当なハラスメント認定を行うためには、大学コミュニティ全体が現代社会の常識的な人権感覚を共有していなければなりません。例えば、2023年の刑法改正により「不同意性交等罪」が新設されたことは、教員と学生といった圧倒的な権力関係がある場合、被害者が「同意しない」意思を示すことがいかに困難であるかを再認識させる大きな転換点となりました。また、性的指向や性自認に関する「SOGIハラスメント」や、本人の許可なく秘密を暴露する「アウティング」のリスクについても、全教職員が正しい知識を持つ必要があります。

大学のリスクマネジメントとしてのハラスメント対策

大学がハラスメント対応を強化すべき理由は、法的な義務を果たすことだけではありません。組織としての責任を果たすことは、次のような多面的な意義を持っています。

  • 教育・研究環境の保護:学生や教職員が安心して学び、研究し、働くことのできる環境を守る
  • 学生・教職員の健康維持:学びや働く場において、心身の健康を損なう要因を排除し、一人ひとりのメンタルヘルスを守る
  • 信頼関係の維持:教育・研究活動の前提となる、教員と学生との間の健全な信頼関係が崩れるのを防ぐ
  • 権限・立場の濫用防止:大学内で与えられた権限や立場を私的に濫用することを許さない
  • 組織の社会的責任:法律で義務付けられた適切な防止策と相談体制を機能させる

これらの基礎ができていなければ、SNSでの拡散やメディア報道といった「想定外」の事態が起きた際に、適切な初動対応を取ることは不可能です。

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まとめ

ハラスメント相談窓口の業務は、時に深刻な被害感情に触れ、複雑な利害関係を調整しなければならない非常に困難な仕事です。しかし、窓口が適切に機能し、被害を受けた人の主体性を尊重した支援が行われることは、大学という組織がその健全性を維持するための要となります。

窓口担当者は「チームで対応する」という鉄則を常に忘れず、専門的な聞き取り技術を磨くとともに、被害者が自らの意思で一歩を踏み出せるよう伴走する姿勢が求められます。また、時代の変化に合わせて研修を継続し、最新の法規や社会的な判断基準を学んでいくことは、相談者だけでなく担当者自身を守ることにもつながります。

一人ひとりの相談に誠実に向き合い、組織全体でハラスメントを許さない文化を醸成していくことが、多様な人々が共に集う大学の未来を支える力となるのです。